僕を育ててくれたAさんに、人生最後の総義歯を作製させて頂く…

僕は開業するまで、口腔外科出身、法医学教室で研究をしていたため、総義歯をきちんと作製した事がほとんどなかった。

しかし、高齢化が進む地方では、合わない入れ歯を使っている人が非常に多い。

勉強するしかなかったが、どの先生から学べば良いのか悩んでいた。

 

そんな中、GDSを主宰される福島でご開業の松本勝利先生が九州で初めてセミナーをされると聞いた。

他のセミナーに申し込んでいたが、何かが働いたのだろう、そちらを捨てて、熊本まで毎月通うことにした。

松本先生のGDS理論を学べただけでなく、2005年に世界チャンピオンになられた久留米でご開業の田中昌弘先生にも出会えた。

僕は運がとても良い。

 

しかし、理論をいくら学んでも、またどんなに腕が良い技工士さんと仕事が出来ても結果が出せない時があった。

それは、術者である歯科医師の僕が未熟だったからだ。

患者さん達には何度も型採りをさせてもらった。

それだけじゃない。

完成しても合わなければ、もう一度最初から作製させて頂いた事もある。

 

そんな僕を育ててくれた患者さんの一人に、下顎の骨が非常に痩せていて、長年、上の入れ歯と下の歯茎で食事をされてきたAさんがいる。

他所者の僕にとても良くしてくれ、季節毎に旬の海の幸を差し入れてくれた。

田中先生に依頼し、見事な総義歯が完成し、無事使ってもらえていると思っていた。

 

しかし娘さんから連絡が入る。

「母が、下の入れ歯をなくしました…」

話を聞くと、認知症が進行しているらしい。

そう、つい外した時に、そのまま失くしてしまったパターンだ。

 

下の歯茎で食事が出来ていたので、僕は無理して作っても、また失くすだけなのでと話をして、当初断っていた。

ところが、再度連絡が入り、

「歯茎で食べていたのですが、最近、歯茎も痛いようで…」

 

そこで久しぶりに診せて頂いた。

もう80代半ばになられる。

認知症があるため、以前よりも表情は薄い。

 

そんな中、Aさん自ら、

「姪っ子の結婚式があるので、入れ歯を作って欲しい…」

と声が出た。

これを聞いて、もう一度作製させて頂く事にした。

 

以前よりも下顎は痩せていて、難易度は増しているが、今の僕の力を全て使い作製させて頂く。

僕をここまで育ててくれたAさんに、人生最後になるであろう総義歯を作製する。

 

昔は、都会の華やかな世界に憧れた事もある。

今は、地方で、地域に根ざした医療も悪くない、いやコレが僕の生きる道と思っている。

都会にない広い空間で、最新の設備、素晴らしいスタッフ達に囲まれて、来院して下さる皆様に、大好きな歯科医療を楽しむ天の邪鬼な歯科医師でありたい。

 

本日も皆様と共に、良い一日でありますように!

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