死生観。一緒に時を過ごした身近な人を亡くして思うこと…
今年の3月で、46歳になった。
世間でいわゆるオッサン世代だ。
この歳になると、身近な人を何人か亡くしている。
大学時代、一緒にバカやった同期。
職場で一緒に切磋琢磨した同期。
大学院時代にお世話になったアルバイト先の先生達。
開業時に助けてくれた義父。
…etc
まだ若くして亡くなった人もいる。
その死を目の当たりにして、僕は思う。
僕は生かされている。
まだ生きたくても、天に召された人もいる。
だから、今、生かされている現実を全うしたいと思う。
死んだ時に、後悔する生き方はしたくないと思っている。
それだけに、昔から知っている人からすると、最近、高崎、付き合い悪いなと思われるかもしれない。
しかし、時は有限。
今、目の前にある事に対して、一生懸命取り組むしか僕には能がない。
大学院時代、医学部の法医学教室の司法解剖に携わらせて頂いた経験も生きている。
不慮の事故、事件に遭い、命を落とした人を何人も見てきた。
その度に、今を大切に生きなきゃと思ってきた。
妻は、元看護師で、ICUを経験している。
そう、生死の界を見てきた。
だから、死生観は、たぶん一致している。
モノよりもコト主義。
生きている限り、色んな経験をしたいと、お互いに考えていると思う。
実際、僕らの結婚を当時の看護師長に報告した時、
「何で、大学院生で、お金が全くない先生と結婚決めたの?」
と聞かれたらしい。
その際、妻は、
「将来、何が起こるか解らない人生を描けるから楽しい。」
と答えたらしい。
実際、僕のジェットコースター人生に、一緒に付き合ってくれているから有難い。
一緒に働くスタッフ達には、時々伝えている。
「いつ、僕は死ぬか解らないので、僕が死んでも他所で働けるように、頑張って欲しい!」
と。
そんな風に、どこでも通用出来るように、日々の仕事では厳しい事も言う。
子供達にも伝えている。
「お父さん、お母さん、いつ死ぬか解らないから、自分達で食べていけるように考えなさい!」
と。
言っても、本当に死ななきゃ伝わらないよなと、いつも思う。
こんなブログ書く暇ないはずなんですが(笑)
メーカーの皆様に怒られる前に、仕事に戻ります❗️
僕の天命、あと何年あるか解りませんが、日々充実させるべく、精進を続けます❗️
明日も皆様と共に、良い一日でありますように❗️
〜私達が受けたい歯科医療を、そのまま患者さんに提案します〜
このグラスは、天国にいるK先生に、亡くなる直前、移転開業祝いにもらった品。
時々、
「俺、まだ、そっちに行くなと言われているようなので、こっちで頑張るよ。」
とグラス片手に、独り言を話している…